神奈川県なのに地方都市「小田原市」はなぜ衰退したのか

1 : 2026/01/11(日) 10:50:21.593 ID:67SWCwLu0
1999年に21万人だった人口は減り続け、今では18万台にまで低下
神奈川県西部に位置し、神奈川なのに駅魔市街地も空洞化する「衰退地方都市」の小田原はなぜここまで没落したのかを解き明かします

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2 : 2026/01/11(日) 10:50:27.134 ID:67SWCwLu0
最大の理由はベッドタウンになれなかったからだ
神奈川県は東京一極集中に伴う首都圏郊外住宅地として発展し、県人口は大阪をしのぎ全国2位に浮上してきた
川崎から横浜、湘南へと大都市化が進行したが、東海道線沿線ならばそれは平塚までにとどまり小田原にまではその恩恵は及ばなかった
理由は平塚が東京駅から1時間で通える最後の駅で、小田原は遠すぎるからである

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東海道線の最高速度は120キロで、これでは1時間平塚までが限界だ
常磐線やつくばエクスプレスは130キロなので、茨城県南までもベッドタウン化しているし
関西地区の東海道線も130km出てバンバン通過する「新快速」があり、滋賀県南部までベッドタウンになっているが
小田原はそうした速達性の恩恵はなかった

3 : 2026/01/11(日) 10:50:33.063 ID:67SWCwLu0
また小田原までくれば「必要なときだけ新幹線通勤のリモート生活」も視座に入るが
そんなことができる富裕層は一部であるし、小田原に住むくらいなら那須高原とか軽井沢選んじゃうよね
つまり小田原は「都心1時間通勤はできないし、高価な新幹線を使うほど魅力的な移住先でもない」ので衰退した
4 : 2026/01/11(日) 10:50:39.495 ID:67SWCwLu0
次の要因が「集約拠点性の喪失」である
江戸時代においては、北条の城下町である小田原は相模国(いまの神奈川県の大部分)の最大の都市だった
戦後くらいまでは有力な拠点性があったが、たとえば中郡(平塚と小田原の間の地域)あたりからすれば、今では小田原に出るなら平塚に出たほうがいいし
もっといえば都心までは1時間で行けなくても横浜は40分程度なので、横浜まで日帰りして終わりになってしまう
東海道線が高速化した結果、「都心に通えずとも横浜に行ける沿線」が増えたことで小田原が失った優位性がある。小田急沿線も同様に町田とかに抜けちゃってる
5 : 2026/01/11(日) 10:50:46.835 ID:67SWCwLu0
「ベッドタウンになれなかった小田原」という事実は今指摘した通りだが
その次が「地方都市としての小田原の発展の失敗」の考察です
周知のように地方都市にとっては、車社会化がある。移動手段が公共交通ではなくなり、市街地が空洞化する代わりに郊外にイオンモールができるという話です

小田原はここでもしくじりがあったんだ。それは城下町ゆえのハンデである

7 : 2026/01/11(日) 10:51:13.819 ID:67SWCwLu0
小田原は城下町である
なので市街地も当時の町割りで道幅が狭く、かつ城下町あるあるの「敵に攻め込まれないように」迷路のようなごちゃごちゃした道になっている。幹線道路が直線的ではなく直角カーブになったり、急に突き当りの交差点になったりするんだ
これは車移動にとって大変不便である。道を拡幅しようにも、歴史的な建造物が沿道にあったりして用地買収が難しく、駐車場もない
結果、小田原駅前に集まることは難しくなってしまった
8 : 2026/01/11(日) 10:51:20.211 ID:67SWCwLu0
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一方、小田原には別の課題もあった
それは郊外部の拡大の余地がなかったことだ
東京方面から東海道線で小田原に下るとき、小田原市内に入った国府津あたりで右手は丘が迫り、左手は海になる
小田原は、この「山に遮蔽された地形」で天然の要塞として、不落の城を築いたのだ。上は国府津の切通し、下は熱海に至る山、左は箱根峠の山、右は海だ。昔は狭い平地全部が城だったと言われている

それゆえに「郊外地域の拡大」ができなかったし、周辺自治体からのアクセス環境も、特に道路アクセスが悪かった

9 : 2026/01/11(日) 10:51:21.642 ID:eUYpNZDbM
また負けたのか
11 : 2026/01/11(日) 10:51:26.861 ID:67SWCwLu0
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一般に多くの地方都市では「郊外化」が進むほど
市街地の周囲の田んぼ地帯が宅地分譲で住宅地に切り替わり、広い道路になり、余った土地をイオンモールなどが林立する大型駐車場付き店舗群に変貌させることができる
はじめは市街地に放射状に延びる道路沿線が開発され、あとでそれをぐるっとかこむ環状道路をつくるようなイメージだ
それは中心街から郊外への転移もあるし、近隣自治体、周辺自治体からのアクセス改善にもなる。遠くて混雑する市街地まで行かずとも、手前のイオンモールでなんでも澄むからだ

12 : 2026/01/11(日) 10:51:35.926 ID:67SWCwLu0
しかし小田原の場合、市内郊外は平地が狭いのでとっくに開発しつくしている。バイパスをう回させて建設する余地がない
市内と市外を結ぶ手段は西湘や小田厚といった高速道路のみで、それらは「課金」が必要なので近隣自治体民は日常的な利用を避け、国道1号線の慢性的な渋滞は改善しない
結果的に郊外化という流れにも小田原は乗れず、地方都市型の集約拠点になれなかったんだ
16 : 2026/01/11(日) 10:52:04.670 ID:YCYleSRs0
お前は山形だけ心配してろ
19 : 2026/01/11(日) 10:54:21.798 ID:67SWCwLu0
で、何が起きたかというと「半端に公共交通の優位性が残ってしまった」問題がある
小田原には東海道線、箱根登山線、大雄山線、小田急線の4つの在来線があり、地方都市としては有数の鉄道会社の乗り入れ状況だ
かつ、これらの多くは都心方面からの中電の小田原行きが発着したり伊豆・箱根の観光地の玄関なので旅行で利用する人も多いため、本数が確保され鉄道の衰退がそこまで起きなかった

車社会への転移が進む一方で、利便性は一定は維持されたので学生だけでなく市民の一部も利用したので
住民の流動が市内の鉄道沿線にも続くいびつな状態になっている
これは「車社会に全部切り替えて割り切る」ようなこともできず、半端になってしまったんだ

21 : 2026/01/11(日) 10:55:03.028 ID:27BPbkZ90
横浜・川崎が「まともな街」に見えるのは、山を削り海を埋め立てた人工的な平地だから
天然の地形のままでは、神奈川に大規模都市など存在し得なかった

22 : 2026/01/11(日) 10:55:24.331 ID:27BPbkZ90
平地が少ないため、住宅地は斜面に張り付いている
この「移動の困難さ」が、徒歩圏内での商業圏の広がりを物理的にストップさせている
23 : 2026/01/11(日) 10:55:39.660 ID:67SWCwLu0
ID:27BPbkZ90は地理状況の認識も根本から間違ってるただの長文荒らしの妨害者なので無視してNGにしてね
24 : 2026/01/11(日) 10:56:42.606 ID:27BPbkZ90
小田原が「かつての中心地」から転落し、現在の衰退に甘んじている理由は、「近代化のルート選定における敗北」と「横浜・川崎という怪物へのリソース集中」という冷酷な歴史にある
26 : 2026/01/11(日) 10:57:15.653 ID:27BPbkZ90
かつて小田原は東海道の宿場町として圧倒的な繁栄を誇った

しかし、近代化の肝である東海道本線の開通時、箱根の険しさを避けるために線路が御殿場経由になってしまった

27 : 2026/01/11(日) 10:57:34.234 ID:27BPbkZ90
1889年の開通から1934年の丹那トンネル開通まで、小田原は日本のメインストリームから外された
28 : 2026/01/11(日) 10:57:50.161 ID:27BPbkZ90
この間に、平地で東京に近い横浜・川崎が近代産業を独占し、小田原の「中心性」は永遠に失われた
29 : 2026/01/11(日) 10:57:52.156 ID:67SWCwLu0
一方小田原では郊外大型店がないわけではない
国府津駅~鴨宮駅間に広がる巡礼街道沿いの工業地帯だ。線路沿いはかつての貨物駅跡地を流用し「コロナワールド」が進出したほか
大型の工場跡地が「ダイナシティ」や「フレスポ」といったショッピングモールになり、工場が撤退するほど、跡地がロードサイド型の小売店や飲食店に切り替わっていった

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30 : 2026/01/11(日) 10:58:19.328 ID:27BPbkZ90
小田原は、自らの価値を「商都」や「工業都市」ではなく、箱根への入り口としての「通過点・観光拠点」に求めてしまった
31 : 2026/01/11(日) 10:58:44.914 ID:27BPbkZ90
新幹線が停まることで利便性は上がったが、それは同時に「泊まる必要のない街」「横浜・東京に人を吸い出される街」へと加速させた
32 : 2026/01/11(日) 10:59:23.734 ID:TxjSidAi0
これが有名な小田原評定か
33 : 2026/01/11(日) 10:59:24.762 ID:27BPbkZ90
産業構造が「箱根観光のついで」に依存したため、独自の経済圏を構築できず、横浜のベッドタウンとして人材を供給するだけの街になってしまった
34 : 2026/01/11(日) 11:00:20.265 ID:27BPbkZ90
小田原の背後には箱根・丹沢の峻険な山々が迫っている
そのため​拡張性がない
横浜・川崎が埋立地で「面」を広げたのに対し、小田原は山に阻まれ、都市規模を拡大する物理的な余地がない
35 : 2026/01/11(日) 11:00:36.610 ID:27BPbkZ90
神奈川県東部が「東京圏」として一体化したのに対し、西部は山に遮断され、行政からも「切り捨てられた辺境」として放置された結果、衰退は必然

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