「○○大学大学院修了です」
日本でこの自己紹介をすると、ときどき返ってくる質問がある。
「へえ。で、学部はどこ?」
残酷だが、この一言に日本の「学歴」の正体が凝縮されている。
修士号を取ろうが、博士号を取ろうが、難関大学の大学院へ進学しようが、それだけでは学歴ブランドを完全に更新できない。
なぜなら、日本で俗にいう「学歴」とは、必ずしも最終学歴のことではないからだ。
むしろ重要なのは、
「18歳のとき、大学入試でどこに受かったの?」
である。
例えば、他大学の学部を卒業した後、東京大学大学院へ進学したとする。
経歴には正真正銘、「東京大学大学院修了」と書ける。
嘘でも詐称でもない。
ところが、それを見た一部の学歴好きが真っ先に確認するのは研究内容ではない。
「専攻は?」
でもない。
「修士論文は?」
でもない。
「学部は?」
である。
そして学部が東大ではなかったと分かった瞬間、
「ああ、院からね」
という謎の納得が発生する。
研究者として何をしたのかより、18歳のときに東大入試を突破したのかどうか。
これが日本における「学歴ブランド」の奇妙な強さである。
さらに、学部より世間的な知名度や入試難易度の高い大学院へ進学すると、ネット上では恐ろしい言葉が飛んでくる。
「学歴ロンダリング」
略して「学歴ロンダ」。
大学院で専門分野を変えた?
「ロンダ」
研究したい教授がいた?
「ロンダ」
設備や研究環境を求めて進学した?
「でも学部より上の大学だよね?」
もちろん、大学院進学には正当な理由がいくらでもある。
そもそも大学院は研究する場所なのだから、研究テーマに合わせて大学を移ること自体、何もおかしくない。
ところが学歴バトルの世界ではそんな事情は関係ない。
重要なのはただ一つ。
「大学受験ではそこに入ってないよね?」
なのである。
大学院生は研究室に所属し、論文を読み、実験や調査を行い、学会発表をし、修士論文を書く。
当然ながら楽な学生生活とは限らない。
しかし、そんな院生が社会へ出て気付くことがある。
「修士号って、専門外の人には驚くほど刺さらなくない?」
という現実だ。
「大学院まで出ました」
「へえ、すごいね」
――終了。
ところが、
「東大です」
「えっ、東大!?」
となる。
場合によっては「博士号を持っています」より、「高校から現役で東大に入りました」のほうが圧倒的に分かりやすい「頭の良さ」の記号になる。
専門研究を何年間続けたかより、大学受験のブランドのほうが一般社会では説明コストが低いのだ。
冷静に考えれば不思議な話である。
学士。修士。博士。
学位としては博士が最上位だ。
それなら「博士」が学歴界の最強カードになってもよさそうなものだ。
しかし日本の俗な学歴観は、そんな単純なルールでは動かない。
例えば、
「難関大学学部卒・学士」
と
「別大学学部卒→難関大学大学院修了・博士」
を並べても、学歴談義では平然と、
「でも大学受験では前者のほうが上でしょ」
という議論が始まる。
博士号取得者からすれば、
「俺の数年間の研究生活はどこへ行った?」
と言いたくなる光景である。
ここまで来ると、一つの疑問が浮かぶ。
日本人が大好きな「学歴」という言葉は、本当に学歴を意味しているのだろうか。
もしかすると実態は、「大学受験歴」なのではないか。
どこで最先端の研究をしたか。どんな論文を書いたか。修士号を持っているか。博士号を持っているか。
そんな情報より、「高校3年生のとき、どこの大学に受かったの?」これが一発で通じる。
東大。京大。早慶。旧帝。MARCH。関関同立。
大学名を聞いただけで、人々の頭の中には瞬時に序列表が出現する。
しかし、「○○大学大学院○○研究科博士後期課程修了」と言われると、多くの人は急に困る。
研究科の評価なんて知らない。
論文の価値も分からない。
専門分野の事情も分からない。
そこで便利なのが、「ところで学部はどこ?」という魔法の質問なのである。
だから、もし大学院進学の目的が、
「最終学歴を有名大学にして、学歴ブランドを上げたい」
だけなら、一度考え直したほうがいいかもしれない。
大学院の名前を書けば経歴上の最終学歴は変わる。
しかし、世間があなたの大学受験歴まで忘れてくれるとは限らない。
むしろ有名大学院を前面に出せば、
「学部どこ?」
という質問が飛んでくる可能性すらある。
そして学部が判明した瞬間、
「あっ……院からなんだ」
である。
あまりにも無慈悲だ。
「日本では大学院卒に価値はない」
この言い方は、さすがに極端だ。
だが、
「大学院卒という肩書だけでは、日本の学歴ゲームで無双できない」
という意味なら、妙な説得力を持ってしまう。
修士号を取っても。
博士号を取っても。
有名大学院へ移っても。
最後に飛んでくる質問は、
「で、学部はどこ?」
日本の学歴社会で本当に崇拝されているもの。
それは「最高学位」ではない。
もしかすると――
18歳の春に届いた、大学の合格通知なのかもしれない。
理工系は修士どこかが重要
文系は大学院出は無能の証明だから論外
最初日本でとか主語でかくしてるのに
ネットとか一部の学歴好きの逸話に話刷り変わってるやん
大学院なんて旧帝レベルですらバカでも入れるし
まぁ大学院の入試レベルが低いのは間違いない
なんなら内部より外部のが受験楽なとこまであるし
大学院入試で求められるのは学力じゃなくてやる気と元気だから…
実際実験系ならそうやろな
ある程度学力が揃ってるのが前提で教授が必要としているのは頭脳じゃなく手足や
大学受験で法政落ちて日大行ってたやつが東大院受かっててワロタわ
……四文字🤔?
海外だとあるで
つうか修士号以上ないと出世できない
それ嘘やで
GSとかJPMのCXOですら半分は学士や
それは下っ端だけ
マネージメントにはMBA必須
CXOって役員のことやぞ
お前恥ずかしいやつだな
知ったかぶり哀れ
資本家階級にとっては学歴なんか趣味や娯楽の一つでしかない
せいぜいワインに詳しいくらいの価値


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