事故後からの流れ 3月16日
辺野古ボート転覆事故遺族メモ
2026年4月12日 15:55事故当日から私たちが実際に沖縄で経験したことを、時系列で記します。
内容は、学校、ツアー会社、海上保安部、ホテル関係者に対し、大きな誤りがないことを確認済みです。
調査や捜査に影響を与える可能性のある内容は省いております。
内容は主に、長女が気丈にも細かくメモをとっていたものをベースにしています。
時刻表記はおおよそのものです。報道機関の方々へ:Noteで私が投稿するすべての文面や写真については、報道や記事において、自由に利用いただいて問題ありません。
3月16日(月)
午前中
私はインドネシアにて顧客とミーティング(日本時間 10:00~12:00)。
妻は自宅で仕事をしていた。12:00 第一報
妻が、一緒に船に乗っていた友人の母親から電話を受ける。
「乗っていた船が転覆して、知華ちゃんが意識不明で救急車で運ばれたみたい。学校からまだ連絡ない?沖縄に行くことになると思うから準備して。」12:10 学校へ
妻は学校に向かいながら私に電話をかける。
「どうしよう、知華の船が転覆して意識不明で運ばれたって、どうしよう、どうしよう」私はそこで初めて何かが起きたことを知る。
妻は学校の事務室へ入るが、「今ちょうど昼休み中で、、」という事務員の言葉を遮り、「娘の安否だけでもすぐに確認させてください!」と伝え、通される。
ニュースで流れていた情報を見て、これは知華ではないだろうと思っていた私は、「誤情報だから」「抗議船には乗っていないから」と妻を落ち着かせる言葉をかけ続ける。
12:36 訃報
校長先生含む2名が来室し、「武石知華さんが意識不明で病院に運ばれ、先ほど病院から連絡があり、12:29、死亡が確認されました」と伝えられる。これが学校から妻への、事故に関する最初の報告だった。
妻とは通話を繋いだままにしていた。私も、電話越しに娘の死を知った。
事故後からの流れ 3月16日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ事故当日から私たちが実際に沖縄で経験したことを、時系列で記します。 内容は、学校、ツアー会社、海上保安部、ホテル関係者に対し、大きな誤りがないことを確認済みです。 * 4/12 20:10, 一部修正しました。 22:50 教頭先生がホテルまで同行は誤りで、生徒の様子を注視するため、生徒の待つホテルに戻る。が正しい情報...note.com
事故後からの流れ 3月16日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
事故後、沖縄で私たちが見聞きしたことのメモを残しておきます。長いので数回に分けて投稿します。

共産主義者が死なせた
そんなのもわかんないとかおまえクソバカじゃん
同志社って人の心無いやつが働いてんの???
一般論だと親の真逆の政治思想とか珍しくないし教育の問題でもないからあまりそこにこだわるより刑事民事で責任を追求した方が行動としてはスマートになると思う
そうした方が共感を得やすいよ
なに言ってんだこいつ
お前ヤバいよ
できることは何一つないですよ
左翼の抗議船で女子高生が死んだ海難事故は無数にねえよバカ野郎
何も違いはないのです


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