右翼も左翼もよく聞け
日本の投票率が異様に低い理由。たまに投票率が上がったかと思えば一番だめなクソ政党や糞議員にブッチギリ当選させてしまうセンスのなさはなぜなのか
先進国というのに政治リテラシーは未開国レベルの日本人、日本人が政治底辺民族な理由を教えてやろう
欧米諸国は近代化の起点に必ず民衆蜂起による体制転覆がある。フランスならフランス革命、アメリカならボストン茶会事件に象徴される独立戦争革命だ
つまり先祖代々、自分たちが誤った権力者を倒して主導権を得てきたし、そうあり続けるべきだという意識が共有されている。これが「勝ち取った民主主義」である
ところが日本は、明治維新という奇怪な形での近代化だった
これは江戸時代の幕府のお侍に、西国諸藩のお侍が歯向かって新政府を樹立する「ただのクーデター」だった
日本人の9割の先祖は百姓である。つまり近代国家に移行しても「藩閥」とよばれるちょんまげ侍たちの権力支配構造は続き、年貢が税金に代わっただけで、日本人と統治者の主従関係は一切変わらなかったんだ
子供増やすだけ
政治とか知る必要はない
それは先の大戦での敗北だ。明治維新で作った大日本帝国は「近代化で強い軍を作り国力を増強させいく」軍国主義路線をとって発展したが、行きつく先が第二次大戦の軍部の暴走だった
結果アメリカに無謀な戦争をふっかけ、コンテンパンにやられ敗戦した
その結果、GHQによるアメリカ占領統治が始まり、アメリカは日本の暴走の諸悪の根源である軍国主義を解体し「自由の国」の普通選挙というものを導入した
ようは棚ぼたに過ぎない「与えられた民主主義」である。なので、主権者としての当事者意識が弱いのである
菅直人が学生運動の幹部
言い訳は自分は弁当を出しただけ
それでも戦後の一定時期までは
アメリカ主導による「民主化政策」は続けられた
たとえば教育現場から教育勅語を教えていた軍国主義教育を排除し、教科書に墨を塗り、
労働組合の必要を重視して日教組を作ったのもアメリカである
結果、戦後のある時期までは極右軍国主義の反動から「左傾化」が起きて、欧米並みにストライキやデモが頻発したりもした
だがそれらはある時期にピリオドが打たれる。朝鮮戦争勃発である
北朝鮮はソ連が支援し、韓国は西側が支援した。冷戦構造の代理戦争である
マッカーサーは半島に移り、アメリカの極東制策としてはまず韓国支援に必死になった。負ければ日本まで共産化し、いずれは自国への脅威につながるからだ
そのため、日本の民主化政策が手薄になったことに加え「反共」の重要性が高まったため、保守政党を合併して自民党を作らせたりしたのだ
お前じゃなくてAIに聞いた方がいいわ
最近は米沢に帰ってるんか?
これも普通の国ではありえない。なぜなら保守は経済重視で、都会の大企業に支持される(ネオリベはその典型)一方、格差社会の貧しい側の農村ほど都会からの搾取をなくせと、社会主義的考えが増えるからだ
しかし農村社会の「赤化」というリスクがあったことから、このように自民党体制ではきわめていびつな日本型保守政体が形成されるようになったのだ
田中角栄首相はその象徴で、新潟の農村出身で地元では絶大な支持を受けた。東京の富を利益誘導という形で「再分配」したからだ
やってることは利権政治の原点である。しかし見方を変えれば、それは都会の繁栄を田舎にまんべんなくもたらして格差均衡化を図る「日本型社会主義」だったのだ
格差やむなし、経済優先の本来的な保守とは真逆だったのだ
朝鮮人が日本を愛すわけがない
元は満州にいたやつが引き上げているだけ
満州にいたやつは華僑と同じで民族や国を愛してるわけではない
地元の自民党の政治家先生を支持すれば、利権分配によって格差はおのずと是正されるというゆがんだモデルのもとで薄れていった
それを惰性でやってるうちに、普通選挙という制度は形式上存在し続けているが、明治時代や江戸時代のような世襲の殿様と百姓の関係に再び戻ってしまったんだ
何しろ自民党の多くの大物政治家は、大久保利通の子孫の麻生太郎みたいに明治維新の「藩閥」の末裔なのである
40年前までは軍事独裁政権(戦前日本と一緒)だったが、独裁政治への反発による民主化運動の過熱によって民主化を実現
これが欧米における市民革命の代わりになっている。なので台湾人や韓国人は民主主義のレベルが日本よりも高い
光州事件みたいな弾圧でたくさんの人が殺され、血を流してきたからね
次は左翼の問題である
ではその後左翼がなぜ盛り上がらなかったかというと、それは諸外国でも左翼政党が担うべき貧困層の格差是正という命題を、自民党がセルフでやってしまったからだ。これも言った
それ以外の要因が、左翼のムラ化である
経済優先の保守政治の裏で軽視された課題について意識を持つとき、その受け皿は「左翼」しかなかった
それ故にあらゆる問題が左翼勢力に回収され、学生運動が活発化したりした。菅直人元首相も学生運動上がりだった
しかしそれは矛盾をはらむものであった
改憲派なのに保守、護憲派なのにリベラル
なんて言われてる時点で政治的リテラシーなんて皆無だから今更言わなくてもいいぞ
例えば障がい者福祉に詳しい人ならだれでも知ってる「青い芝の会」という団体がある
戦後の日本では、路線バスは健常者しか乗れず、障がい者は乗車拒否が基本だった
そんな現状に「公共の交通機関なのに差別をするなんておかしい!」と激怒した障がい者やその家族たちが起こしたのが、川崎バス闘争である
それは車椅子を無理やりバスの車内に乗せまくり、運行を妨害し座り込みを行い、実力行使で障がい者の乗車を認めさせようというものだった
これは公民権運動時代のアメリカで、ローザパークスが黒人専用席にあえて座って物議を起こした社会運動にも似たものだった
バスの運転手も乗客も彼らを犯罪者のようにみなしたりしたが、このような実力行使が数十年後に実を結んだ結果が今のノンステップバスである
歩道と車体に段差があってもプシューと車体が降りて、車内までバリアフリーで出入りできるバスは平成時代までなかった
今の路線バスが当たり前に車椅子で利用でき、しかも健常者、けが人や高齢者にとっても優しい乗り物になったのは、強硬手段であっても運動を行って政治を動かした彼らの功績なのは間違いない
だが問題はその先の話だ
つまり純然な障がい者問題に徹するだけでなく、その動員力や活動の活発性が全く無関係な左翼思想に流れていった面があるのだ
日米安保と車椅子に鼻にも関係はない。何なら当時のソ連寄りアメリカの方がまだ福祉は進んでいたはずだ
1960、70年代の左翼が賑やかだったのは、左翼思想の持ち主が多かった以上に
あらゆる社会問題に携わる団体のメンバーが、流れで左翼活動を掛け持ちしたり、しがらみで「左翼にさせられる」面が多かったからともいえるのだ
いっぽうで「左翼の矛盾」が突っ込まれた面もある。戦後左翼は、旧民主党などの主流派の国会議員や有名な学者や論客でも、矛盾だらけのがばがばな主張をする人が大勢いる
そういうやつでも大きな顔ができたのは、1つ1つのイシューについて理解度が薄いが連帯する人、連帯せざるを得ない人が大勢いたからでもある
会場には大量の団体旗が出てくる。市民団体、NPO、労働組合・・・
テーマが反戦平和だったとして、平和活動団体の旗があるのはわかるが、全然関係ない鉄道会社の労組の旗が出たりもする
公務員でさえも、非番の市役所職員が、自分の所属する労働組合のしがらみで、非番の休日を潰して反戦デモに参加させられたりするのである(一応交通費は出る)
そういうものが、日本に「まともなリベラル」が形成される素地を潰し続けた面はある
山形の田舎のどこかの部落に住めば、地域の寄り合いに参加させられ、よくわからない祭の手伝いをやらされ、その運営資金をカンパさせられたりする
本当はやりたくなくても、やらなければ「村八分」の恐ろしい制裁がまっている
日本の左翼は全くそれと一緒で
障がい者福祉に取り組んでいるはずだったのに団体を通じてなぜか反戦平和の頭数にさせられたり
きつい職場の待遇や賃金を良くしたくて労働組合に入ったはずなのに、気づけば反戦デモをやらされる。逆に平和活動だけをしたいのに全然無関係な左翼運動に動員されることもあるかもしれない
そしてそういうしがらみに無理して従い続け、拒否すればムラの掟を破る人間として村八分を受ける「あさま山荘」のジーンズをはいtだけで総括という名のリンチを受けたエピソードはあまりに有名ではないか
SEALDsは在日だけど帰化してるから当時も投票くらいできたわけだ





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