東京都職員「関東大震災の朝鮮人虐殺って事実なんですか？あなたの感想ですよね。なんか、ソースあるんですか？」

　飯山さんは過去の記録物などに基づき、社会と個人の関係を掘り下げた映像作品を手掛けている。21年には、戦前に都内の精神科病院に入院していた2人の朝鮮人患者の境遇を描いた「In―Mates」を制作。病院の看護日誌に残されていた2人の様子を、専門家の考察を基にひもといた約26分の作品だ。

　ところが22年、都の施設で開かれた自身の企画展で上映しようとしたところ、中止を余儀なくされた。

　企画展は、都の外郭団体である公益財団法人「東京都人権啓発センター」が主催し、都の施設「東京都人権プラザ」（港区）で8～11月に開かれた。センターの中村雅行事務局長は企画展について「精神障碍者の人権や家族、歴史について考える趣旨で、飯山さんに依頼した」と説明する。

　企画展で飯山さんは、精神障害のある自身の妹と共同制作した映像作品などを出展。当初の計画では付帯事業として「In―Mates」も上映する予定だった。同作で紹介される2人の朝鮮人は1930年から10年間入院し、病院で亡くなった。精神科病院での長期収容や在日外国人が抱える困難さといった、現代的なテーマに通じると考えていたという。映像を見たセンター担当者からも異論はなく、「上映を前向きに検討している感じがありました」と話す。

　そこへ「待った」をかけたのが都人権部だった。

小池都知事の立場に触れ
　センターの事業は、最終的に人権部が実施の可否を判断する。映像を確認した職員はセンター担当者に対し、上映に難色を示すメールを送った。

　冒頭の一文も、そこに書かれていたものだ。記者は都に22年10月末に情報公開請求し、メールの全文を12月に入手した。すでに関係者の記者会見などでその主な内容は説明されているが、改めて紹介する。

　メールの送信日は5月12日。職員は「3点に配慮する必要がある」と切り出し、真っ先に朝鮮人虐殺を巡る「懸念」を挙げていた。

　＜関東大震災での朝鮮人大虐殺について、（映像の）インタビュー内で「日本人が朝鮮人を殺したのは事実」と言っています。これに対して都ではこの歴史認識について言及をしていません＞

　さらに職員は、＜小池都知事は毎年9月1日に行われる朝鮮人大虐殺追悼祭について都知事として追悼文を発出しておらず＞とした上で、＜都知事がこうした立場を取っているにも関わらず、朝鮮人大虐殺を「事実」と発言する動画を使用する事に懸念があります＞と続けた。

　市民団体が毎年開く虐殺の犠牲者を悼む式典に、歴代知事は追悼文を送ってきた。だが、現在の小池百合子知事は就任翌年の17年から取りやめている。

2人の同僚にも送信
飯山さんは、職員がメールを送った直後にセンター関係者から内容を知らされたという。「知事の姿勢を受けて行政の職員が虐殺を『ないことにしないといけない』のかとショックを覚えました」と振り返る。

残る二つの懸念は何か。作品では、自身も在日コリアンのラッパー、FUNIさんが朝鮮人患者を演じる。せりふはラップ調で、「朝鮮人は一人残らず殺してやる」といった言葉も出てくる。看護日誌にあった朝鮮人患者の発言に基づいたものだが、職員は、観客に「ヘイトスピーチ」と受け取られかねないと指摘。＜参加者の受け取り方によっては本邦外出身者に対する差別を「扇動する」行為になるのではないかと思います＞との見方を示した。

　三つ目は＜動画全体を視聴した感想＞として、こう記した。＜「在日朝鮮人は日本で生きづらい」という面が強調され、歴史感、民族の問題、日本の問題などと連想してしまうところがあります。参加者が嫌悪感を抱かない様な配慮が必要かと思います＞

都「メールは中止と無関係」
　都もこのメールの内容を認めている。人権部の神野美和・人権施策推進課長は取材に、「職員が個人的に確認したかった点をセンターに伝えたと聞いています」と答えた。職員がメールを送る前に別の職員と作品について話し合いはしたが、懸念はいずれもその際に出たものではないという。一方、メールを受け取った同僚職員から内容を問題視する声は特段上がらなかったとも述べた。

朝鮮人虐殺を巡る懸念についてはどう考えているのか。神野課長は「虐殺の犠牲者数や状況を巡ってはいろんな説があります。センターとしてどう考えているのかが心配になり、ああいう書き方になったのだと思います」と釈明。「表現が稚拙で書き方を工夫すべきでした」と言いながらも、「中止の判断とは全く関係ない」と繰り返した。上映を認めなかったのは、あくまでも「精神障碍者と人権という企画展の趣旨から作品が外れていたため」と強調した。

だが飯山さんはこうした説明は表向きで、メールの内容こそ人権部の「本音」だと考えている。企画展が開かれているさなかの10月末に記者会見を開き、上映中止に至る経緯を公表。「レイシズム（人種差別）に基づく悪質な検閲があった」と批判した。

　今、改めてこう語る。「あのメールが送られた時、内容について人権部で議論にならなかったのだとすれば、暗黙の了解として他の職員も受け入れていたことになると思います。その姿勢を社会の倫理や正義と照らし合わせたとき、本当に正しいかどうか考えてほしいです」

犠牲者推計「1000～数千人」　国報告書
　1923年9月1日に起きた関東大震災では、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「放火している」などのデマが被災地に流れた。信じた民衆らによって虐殺が引き起こされたが、近年その事実を否定する言説がネットを中心に広がっている。